ドッペルゲンガーと有機化学〜なぜ“自分”に会うと死ぬのか、有機化学博士が考えてみた〜

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「ドッペルゲンガー」をご存知だろうか。
自分とそっくりなもう一人の自分――。
出会うと死ぬと言われる、古くから語り継がれる都市伝説である。
しかしなぜ「会うと死ぬ」のか。その理由は、誰も明らかにしてこなかった。
…けれど、有機化学の視点から見れば、そこに一筋の“理由”が浮かび上がる。
有機化学博士・ミントガム中尉が、化学者の眼で「死の理由」に迫る――。
「ドッペルゲンガー」=「人間の鏡像異性体」説
自分とそっくりだが、自分ではない存在。
まるで鏡に映ったもう一人の自分――それがドッペルゲンガーである。
この「決して交わることのない関係性」を聞いて、ある有機化学の概念を思い出した人もいるのではないだろうか。
そう、それは 「鏡像異性体(エナンチオマー)」。
化学の世界では、右手型(D体)と左手型(L体)の分子は、同じように見えてもまったく別の振る舞いをする。
そして、D体のドッペルゲンガーとL体の自分が「出会う=ラセミ化」すると――
生体は本来のキラリティ(立体性)を失い、生命活動に必要な構造や機能が破綻してしまう。
その結果、人は“化学的に”死に至るのである。
ドッペルゲンガーとの遭遇によりもたらされる死は「超常現象」なんかではなく「れっきとした化学現象」だ。

鏡像異性体?ラセミ化?
「鏡像異性体」とは形が左右対称でそっくりなのに、重ね合わせることができない関係にある分子のことだ。
分かりやすくいうと「右手」と「左手」のような関係の分子
見た目は全く同じだけど異なる存在、ドッペルゲンガーみたいだと思ったのでは。
このドッペルゲンガー同士、「右手分子」と「左手分子」が同じ量、混ざり合うことを「ラセミ化」と言う。
(化学用語ではD体・L体とも言われる)
面白いことに、「右手分子」だけの場合、薬などで活躍できる物質も「左手分子」が混ざってくる(ラセミ化する)と十分に働けず、効果が薄くなったり、効果が変わって毒になってしまう場合もある。
化学物質をハサミに例えて考えてみましょう。
「右利き用ハサミ」、「左利き用ハサミ」を区別して道具箱にしまってあると、自分が使いたい方を簡単に取り出すことができます。
つまり、一方だけ存在する場合は「モノを切る道具」として使うことができます。
しかし、「右利き用ハサミ」と「左利き用ハサミ」をごちゃ混ぜに置いた場合(ラセミ化させた場合)、どれを使えば良いのか混乱してしまいますよね。
右利きの人が左利き用ハサミで作業することになってしまうことも。もしかすると作業中にケガをしてしまうかも
2種類が混ざり合っていると「モノを切る道具」が「切りにくい道具」「自分を傷つける道具」に変わってしまいました。
このようにラセミ化すると使いにくい(使えない)道具が混ざってくることで、効果が弱くなったり、別の働きをしてしまうことがあるんです。
興味がある人は「メントールの香りの違い」や「サリドマイドの効果の違い」を調べてほしい。
ドッペルゲンガーと会って、人間が「ラセミ化」するとどうなる?
本題に入ろう。
人間がドッペルゲンガー(鏡像異性体)と出会って「ラセミ化」するとどうなるか?
そうすると、人間の中にある分子達が正しく機能しなくなってしまうのである。
実は、人間の中にはたくさんの「光学活性化合物(ラセミ化してしまう化学物質)」が存在するんだ。
例えば、筋トレ好きにはお馴染みの、筋肉の元=タンパク質もアミノ酸のL体という光学活性化合物で作られていて、D体は存在していない。
また、人間はエネルギーの素である糖のうちD体しか活用することができないんだ。
そして、なんといっても人間の設計図であるDNAは右巻きの構造をしている一種の工学活性体と言えるだろう。
このように人間の活動に大切な光学活性化合物達が、うまく機能しなくなったと想像してみよう。
サリドマイドのラセミ化で薬が毒になるように、今まで仲良くしていた体内の化合物達がいっせいに牙を剥いてくるんだ。
その場合、死んでしまってもおかしくないと思わないかな?
このように、人間はラセミ化すると生きていけなくなってしまうんだ。
おわりに
今回は都市伝説と有機化学を結びつけた記事を書いてみました。
都市伝説と化学という一見すると真逆の存在かと思われるふたつにも実は意外な共通点がありましたね。
そっくりなのに違う存在、混ざると機能が壊れるというラセミ化の話――まさかドッペルゲンガーとここまで化学がリンクするとは思わなかったのでは?
ドッペルゲンガーに出会った時はくれぐれも「ラセミ化」しないようにご注意を。
化学を学ぶことで、仕事やテストに役立つだけでなく、日常のちょっとした出来事も厚みが増してくるかもしれません。
みんなで化学を楽しみましょう!
Let’s Enjoy Organic Chemistry!